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2016-10-22

やる気の出ない朝は。

せっかくの休みの日。朝早く起きたのに特にやる気も起きず、撮りためた映画を見ていたらいつの間にか夕方になっていた。そんなどうしようもない1日ってありますよね。朝一なのに、脳の判断力に使うべきリソースが残っていない。そんなイレギュラーもたまにはあります。嫌悪感と共に「何かせねば」と動き始めた時には夜、結果的にちょっと夜更かし、なんて悪循環を生んでしまいがちです。そんなどうしようもなくやる気の出ない時にみんな何をしてるんだろう?と思ってググってみても、出てくるのは「ダルい原因」とか「やる気を出す方法!」だったりして、やる気の出ないまま1日を過ごす術ってあんまり皆さん書いていないんですよね。なので、私が単純に気怠い時に何をしているのか、只淡々と書いてみたいと思います。

気怠い時にやっていること

①川沿いに行く

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近所に大きな川があるのですが、そこに行ってぼーっとします。あるいは、コンビニで買ったポテチを食べながらぼーっとします。ユニクロのCMのように、ジョギングや犬の散歩をしている人々と遠くに見える夜景を眺めるのが好きです。この生産性の無い行為の何が良いのか、自分でもよく分かりません。脳の何処が刺激され、こんなことを好んでいるのでしょうか?

②音楽を聴く

最近は余計な情報をシャットアウトしようと、ごちゃごちゃした音楽は極力聴かないようにしています。さっぱり、情景に溶け込むような音楽を聞きながら気持ちを一定に保ちます。中でもオススメな4曲をご紹介します。気怠い時は頭の判断力が鈍っているので、曲選びに力を割かないようにしてください。

高木正勝「girls」

tsunenori 「Forest Bathing」

Marco Polo「Brush Song」

畠山美由紀「Driving into your mind」

③喫茶店(カフェ)に行く

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好きなことであれば多少辛くても行動出来る可能性が高いですよね。僕にとってのそれは、喫茶店に行くことです。何か用事でもあれば隣駅の喫茶店に行って勉強したり読書したりするのですが、それでも気怠い日に喫茶店に行くことは、私にとっては敷居の高い行為です。それなりの格好をしなければいけませんし、徒歩圏内ではなく隣駅なので、行くまでに20分近くかかってしまうからです。だからこその逆転の発想ですが、普段は作業する場所としての喫茶店とは他の喫茶店に、そこを「ぼーっとする場所」として確保しておくのもよいかもしれません。その喫茶店には手ぶらで、あるいは小説を1冊もって向かえば良いのです。何もやりたくないのだから、生産的な道具を持参すべきでない、というのが僕の考えです。何かやりたくてムズムズしてきたら、そこで家に帰ればよいのです。

④飯を食いに行く

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食べログでおいしいお店を検索してはいけません。そんなことに頭を使うと、決断力が下がりいよいよやる気が低下します。とりあえず知っているお店、おいしそうなお店に迷わず飛び込みましょう。そして、おいしい食事を食べるだけ。1日3食の生理現象なので、気怠くてもそこそこ楽しめるイベントです。いつものようにコンビニで買わずに外で食べることで、意外な発見や人々の動きが脳を刺激します。普段と異なる動作を取り入れることで、望まない流れが変わる可能性もあります。お金はこういう時にこそ使うモノで、意識下で統制がとれている時ほど、出費は控えるべきなのかもしれません。

私はなぜ「ぼーっと」することに嫌悪感を覚えるのか?

もしかしたら自分だけではなく同じことを思っている方が読者のなかにもいるかもしれません。

正確に言えば、意識的に「ぼーっと」することではなく、気怠い時に「ぼーっと」している自分を許せないのです。時間が刻一刻と過ぎている感覚だけが残り、自分がなぜ生産的な活動ができずにぼーっとしているのか、良くわからないからだと思います。

自分の意思とは関係なく「ぼーっと」している時、その状態から抜け出ることを期待する自分がいます。もしかしたら、この映画を観終わる頃には頭脳がすっきりしているに違いない、珈琲を飲んだら頭が冴えるかも…そう考えながらも憂鬱な気分に浸っていると、じっくり「ぼーっと」する作業に集中出来ないんですよね。でも本当は、結果はさておき、次の作業に「生産的な何か」を期待すること自体に疲れていると思うんです。やらなきゃいけないことは溜まっているのに、という憂鬱と、一時的な逃避そのものに、その先の生産性を考えてしまう、という憂鬱。酒やタバコがこんなにも愛される理由が分かるような気がします。小刻みに「ぼーっと」できるようなストレス解消法を、僕らの時代も早期に身につけるべきだと思いますが、いかがでしょうか。

自分のルーティンを持つ。

routine concept made from vintage letterpress on grunge wood with precise stopwatch used instead of O

頭が働かない時に「ぼーっと」する以外に、もう一つ、頭を使わない作業があります。それは、ルーティンを行うことです。イチローや元高見盛が細かいルーティンを持っていることは有名ですが、自分なりのルーティンを持っている社会人ってどれくらいいるのでしょう?

一発勝負の世界において、集中力を高めるためにルーティンが有効なのは言うまでもありませんが、一般社会人、特に仕事を捌くことに多くの労力を費やす管理職にとってもルーティンは有効だろう、と私は思います。緊張したり、やる気が出なかったり、本来のパフォーマンスを発揮できない状態から脱却するために、一瞬だけ頭の働きを止めて、自動運転に入る。今度時間がある時に、私なりのルーティンについて考えてみようと思います。

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